昨日の放送してた、しくじり先生の番組で高橋名人が出演してた。自分はゲームが超下手なのに、子供たちに30年間騙し隠していたのだと言う。少し前に高橋名人は自分の会社を作ったとか聞いたけど、自社ゲームソフトを出す訳でもなく何やってんだろう?と疑問に思った訳だが、最近はゲーム企画会社やMCなどをやられているのだと言う。
 

■しくじりの内容まとめ

  • 高橋名人はハドソンの単なる社員。毎日ゲームがうまいフリしてごまかしていた。
  • スーパーマリオをしたら、たぶん皆さんより下手くそだと思う。
  • 自分から『高橋名人』と名乗っていた分けではない。
  • ハドソンの社長に「今日から名人になれ」と言われて、しょうがなくなった。
  • タレントを採用すると金がかかるので、会社の社員を有名にする方針だった。
  • 【しくじり】全国の小学生9万人を導入したイベントでゲームをプレイすることになった。

  • ゲームが下手なので2分間のデモンストレーションのために、2分間分だけ猛練習!
  • 猛練習したゲームは『スターフォース』というシューティングのファミコンソフト。
  • 何度も自宅で2分だけのゲームをプレイした。
  • ゲームメーカーの人間なので、ゲーム発売前から練習ができたのが強みだった。
  • ちなみに二ヶ月前から練習できた。
  • 結果、子供たちは大熱狂!簡単に子供たちを騙せた。
  • 16連射の高橋名人』というキャッチフレーズが付いた。連射は速いがゲームは下手。
  • 人気が急上昇して160日連続勤務になってしまった。
  • すぐに新作ゲームが発売されるし、練習時間が必要になってきた。
  • イベント会場では、当時はゲーム=勉強の敵だったので、親たちから鬼の形相で睨まれた。
  • その空気を変えようとして「ゲームは1日1時間」と発言した。
  • 世間の親子さんからは大絶賛、さらに人気爆発!
  • 一方で「1時間でやめろとはどういうことだ!?」と翌日役員会でお偉いさんに叱られる。
  • 高橋名人を辞めさせるべきか、会議で話が行われた。
  • 人気が続いて映画の主役デビュー『高橋名人 VS 毛利名人
  • 高橋名人ブームがどんどん加熱してファミコン『高橋名人の大冒険』が発売された。
  • 高橋名人の大冒険は100万本売れた。でも年俸なので自分の給料以外とボーナスは0円。
  • 小学生のカリスマになったが、ストレスと過労で全身じんましんになった。
  • 4000人が待つイベントで、高橋名人が寝坊して欠席したことがあった。
  • その後、追い打ちをかけるように「高橋名人逮捕!」というデマが全国に広がった。
  • 高橋名人は1日だけ警察署長をやる予定だった。
  • 子供「名人が警察に行く→なんで警察いくの?→逮捕されるから」と広がっていった。
  • 当時インターネットもなかったので、小学生らでデマが飛び火してしまった。
  • 【しくじり】結果ハドソンに1000件の電話が殺到し、仕事どころじゃなくなった。
  • 新しくPCエンジンが発売されて、高橋名人の仕事も減っていった。
  • 仕事から解放されてホッとした。
  • 仕事の量のキャパシティを超えた仕事は断るべきだ。時にはストップをして考えよう!
  • 今はゲームの名人ではなく、ゲームを通じていろんな人々を笑顔にする人になりたい。

 

しくじり先生の感想

あぁ~、やっぱりゲーム下手クソだったんだw
子供の頃から薄々と、実は高橋名人はゲームが下手なんじゃないのか?と疑問に感じてました。だって高橋名人が出したスターフォースのスコアより、私の方がスコア上だったし・・・

ゲッチャを眺めていたときは、明らかにこの人ゲーム下手なんだと確信してました。だっていっつもファミコンの時だけしかゲームプレイしなかったじゃん。そしていっつも椿姫にゲームをやらせてばかりだったので、さすがにおかしいと思っていた。

また高橋名人のアメブロにしても、いっつも昼飯の記事ばっかで、新作のゲームなんぞほとんど語ることすらしなかった。まあゲーム好きの人ではないなとは思っておりました。
 

よって今となっては大した驚きでもないが、当時はゲームが上手いか・下手かが重要ではなかったと思う。新作のファミコンやら、どんなゲームなのか情報が欲しかっただけであって、凄技が見たい感じではなかったのが本音である。16連射とかぶっちゃけどうでもよかったけど、それがかえって人気に拍車がかかった感じだった。

高橋名人ブームも6年ちかく持ったんじゃないのかな? 当時は高橋名人のライバルとなる人もいなく、毛利名人くらいだった。まあゲームの火付け役くらいにはなったとは思う。
ただゲームが下手だったと告白するために、わざわざ番組へ出演したのが狙いでは無いような気もするんだよな。自分の会社をアピールするための出演だったと思うばかりだ。

子供に夢を魅せるのは一見簡単そうで難しいもの。偶然受け入れられた高橋名人は運が良かったとも言える結果だが、芸能人のように大変な思いばかりで楽しむ余裕すらなかったのは、いつの時代も人気者としての悩みどころですな・・・。私は人生とは何事も、ほどほどが一番だと感じております。